(三)
それから約三日後。
中条の言葉にあった通り、御庭番衆は秘密裏の会合を開いていた。
それは江戸城の武家屋敷の中に建てられている、秘密の集会所にて行われた。
議題のひとつは次期御頭の選出について、もうひとつは巴の処遇についてである。
会合には幕府方の御庭番衆の目付け役も来ていた。
が、この者らの目当ては御庭番衆が九の一を仕込むさまを見ることであった。
次期御頭の選出については、後に回され、まずは引き出された巴に酒に含んだ麻薬を飲ませることから始まった。
その作業は、御沙薙が率いてきた真田忍群の忍者らが行った。
彼らはその昔、戦国時代に真田幸村が高野山のふもとで暮らしていた折に、この法力を学んだのであった。
また、もともと紀州の忍びにその起源を持っている江戸城御庭番衆にとっても、真言宗は無縁の宗派ではなかったのである。
すでに真言密教の経文が、堂内にはこだましている。
僧侶らが唱えるのは、真言宗でも邪宗とされる、立川流の文言であった。
こうして、巴に殺された清里の霊をおろして、宿らせるというのが目的である。
老御頭は、このような場面には慣れているのか、不動のままである。
蒼紫は御頭の横に座り、半ば正気を失って暗がりの中で白い脚をあらわにした巴を見るとはなしに見ている。
その表情に沈痛なものがある。
巴の横には御沙薙がいたが、さっそく巴に残酷な罵声を浴びせかけていた。
「もっと脚を開きな!清里の仇を討つ気はあるのかい!」
巴の額には脂汗が浮かんでいる。
両手は手首のところで縛られている上に、脚首も縄で台座に開かれて固定されていた。
うわごとのように、巴はかすれた声で繰り返していた。
「できません・・・・・私には・・・・・できません・・・・・。」
「やる気はあるのかい!もっと声をあげて!腰を使うんだよ、腰を。」
巴の脚の付け根に、御沙薙はある物をあてがった。
そのままぶすりと差込み、かき回しながら、御沙薙は目を細めてたずねた。
「法具の独鈷緒でないだけ、ありがたいと思うんだよ。これは特別に作らせたんだ。あんたの愛しい清里のものか、あるいは憎い緋村抜刀斎のものか―――。」
「・・・・・ううっ・・・・・・くぅっ・・・・・・。」
「気持ちいいのかい?そうかい、そうかい・・・・・でも、相手を気持ちよくさせないと、ダメだよねぇ。その緋村って男をさ。」
目付け役の武士たちは、身を乗り出して半裸にむかれた巴を見ている。
「ああして、一人前の九ノ一になるということですかな。」
「まさか。霊をおろすなど、この場の誰も信じておりませんよ。まあ眼福と言ったものですな。」
「御庭番衆ならでは、ということか。」
巴がもだえて苦しむのを、武士らは舐めるようにながめていた。
これらの者には、巴の姿は、町のいかがわしい出し物以上の何物でもなかった。
老御頭は、横に座る蒼紫に言った。
「蒼紫。つらいのか。」
「いえ。」
「手が震えておるぞ。」
蒼紫の膝に置かれた手が硬く握り締められて、びりびりと震えていた。
激情を抑えているのだ。
老御頭は諭すように声を低めて言った。
「あの者の姿がおまえの目にどのように映ろうと、今は目の前の光景から目をそらしてはならぬ。男はな、いく時にもっとも隙ができるのだ。」
その瞬間であった、老人のもとに苦無が飛んできたのは。
「――――――!」
蒼紫は瞬間、小太刀をわしづかみ、御頭の目の前で一閃した。
暗い堂内で、刀がはじかれる音が響いた。
「何者。」
老御頭はすでに抜刀している。
「あれまあ。無粋だぜ、これは。」
御沙薙の後ろで巴を押さえつけていた、銀礼が肩をすくめた。
蒼紫は剣を抜いたまま、その場から立ち上がって言った。
「今御頭を狙ったやつは、前に出ろ。」
江戸城御庭番衆の向かいに座っている、闇の武の中の辰巳が答えた。
「我らは知らぬ。儀式を続けよ。」
蒼紫は叫んだ。
「儀式は中止だ。真田の者は下がるがよい。」
「なんだと、てめぇ。」
銀礼が蒼紫に答えた。
「俺たちが狙ったって口ぶりだなあ。」
「そうは言っていない。」
「銀礼、やめな。若の趣味ではなかったってことかねぇ。」
御沙薙はスラリと腰の剣を引き抜いて蒼紫に言った。
「じゃあこの女のことはこの辺にして、次の議題に移ろうじゃないか。次期御頭だけどさ、前にも言ったとおり、真田ではあんたが後継者ってのは、認められないんだよ。何せ、あんたは世襲ではないし。それにこんなぐらいで音をあげるようないくじなしじゃあ、こちらとしてもねぇ。」
堂内に座っている、真田忍群の忍者たちが、御沙薙についてそうだそうだ、と気勢をあげた。
対する江戸城御庭番衆は沈黙したままだ。
巴はぼんやりした頭で、何事かが動いているのを感じていた。
―――あの方が、私のことで何かを言っている・・・・・?
自分が大股びらきでいることも忘れて、巴は気も狂わんばかりになった。
忍者たちが、蒼紫らに不満をぶつけて、「殺せ」と繰り返していた。
―――お願い、あの方を責めるのはやめて・・・・・・・・!
巴は耳をふさぎたい衝動にかられた。
目付け役の武士らは、忍者たちの反乱に恐れをなして、この場から逃げる用意を始めた。
「そこな頭目!それからお前だ、そこの若造。この場をきちんと押さえるのだぞ。仲間割れは幕府は断じて許さん。」
言うだけ言うと、武士らは跡目も残さず堂内から飛び出した。
「蒼紫よ、これは果たし合いということになるかな。」
老御頭は殺せ、とやじを飛ばして繰り返す真田忍群の忍者らに向かって言った。
蒼紫は黙って立ったままだ。
御沙薙はにやりと笑って言った。
「完璧な囲みは死力をつくさせることになる。私はおまえには生き延びてほしいと思っている。蒼紫、我らの張った罠を抜けられるならば、おまえを次期御頭に認めてもよい。」
「はじめからそのつもりか。」
言うなり、蒼紫は御沙薙に向かって猛然と突き進むと、巴を縛った縄を刀で切った。
御沙薙は一瞬ひやりと恐ろしいものを蒼紫に感じたが、すぐに気を取り直した。
―――そういうお前のあいまいな優しさを、私は許すことができないんだ。蒼紫。必ず屈服させてやる。
今までの蒼紫の態度で、御沙薙は巴への蒼紫の気持ちを十分見抜いたのであった。
手に入らなければ、いっそ殺す。
御沙薙はその時そう考えていた。
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