(四)


「あの人、死んだの」
洞窟の中からやっと出たとき、小夜はたずねた。
蒼紫は答えた。
「多分。」
モリガン朧のことを指して言っているのだった。
そばには逃れた、辰政がいた。
「傀王の部下はあれで全部なのかい。」
辰政のたずねるのに、小夜は首をふった。
「わかりません・・・・6人か・・・・もっとたくさんいたのかも知れない。」
足を引きずるようにして、三人は歩いた。
疲れが泥のように襲ってきた。
少し歩くと、小夜がたまらずに岩陰に倒れこんだ。
さかんに、小さく咳き込んでいる。
蒼紫は見てわかった。
――労咳。
この時代、まだまだ不治の病であった。
蒼紫は岩陰に身をひそめた。
「少し休もう。」
辰政も相当疲れていたのだろう、それにならった。
――海岸線の向こうは、天草の島だ。そこへと、傀王や翔伍は船で渡ったのか。
蒼紫は考えた。
――夜明けまでは動くまい。砲撃はまだ、軍が到着していない。明日の昼が勝負だろう。
蒼紫は目を閉じた。
――操はどうしているのか。
蒼紫は遠く京都に残してきた、操を想った。
まだ盲目のままなのだろうか。
自分にあの操にしてやれることは、一体何なのだろうか。
蒼紫の脳裏に虚像の操の幻影がかすめて、消えていった。
記憶の断片に残るそれは、蒼紫にとっては辛いものだった。
両親を失い、戦場におびえきった一人の幼い少女が、その表情を凍りつかせていた。
――あの頃、操は笑わなかった。
蛍の淡い光が、彼らの頭上をかすめ飛んでいった。


庄三はまだ、洞窟の中にいた。
彼の行く手に、ガスパル源右衛門がいるのだった。
「くそっ、源右衛門、俺の邪魔をするな。」
源右衛門は、朧の仕掛けた爆薬による傷を負っていたが、まだ斧を引きずるようにして、庄三目掛けて何度も振り下ろした。
「翔伍さまの命令だよ・・・・翔伍さまは、世の中のために、これから立派なことをするだよ・・・・マグダリヤ様は、なんでおらにやめるように言うだよ・・・・よそ者の言うことを聞くだよ・・・・。」
庄三は後ずさりながら、叫んだ。
「翔伍様は、傀王と同じだ!俺たちを見捨てる気だ。本当だっ。」
「庄三様も、よそ者にたぶらかされただよ・・・。」
源右衛門の斧が、庄三の頭上にかかげられた時、ついに庄三はピストルを発射した。
「あ・・・・あ・・・・あ・・・・・・。」
源右衛門が呻いた。
「源右衛門!」
庄三は愕然として、ピストルを構えたままだ。
弾は源右衛門の肩を貫通していた。
そのまま巨体が倒れこむのに、庄三は駆け寄った。
「源右衛門・・・・すまない・・・・・!」
源右衛門はかすかに微笑んだ。
「庄三様・・・・マグダリヤ様を守ってくだせえ・・・・おらみたいな下働きには、それしか言えねぇだ・・・・おらはこのままここにいるだよ・・・・。」
「源右衛門、馬鹿なことを言うな。村人のところへ行って、俺もおまえもみんなを守るんだよ。」
「庄三様・・・・・。」
「待ってろ。今、みんなのところへ行くからな。」
庄三は言うと、痛む体を必死で、洞窟の外に這い出た。
そこは、蒼紫らの出た出口とは違う場所で、切り立った崖の上だった。
庄三はそこから、崖の下の朝の海を見て息を呑んだ。

――傀王!

傀王を乗せた小船が、しらじらと明るい沖に停泊している一艘の大型船に向かって、漕いでいっているではないか。
庄三はピストルを構えた。
ここからでは、届く距離ではない。
もとよりそれは、承知の上だった。
そして弾丸は一発しか残っていなかった。
――俺の銃の腕が、見限られたもんか、見ていてくれ。
庄三はゆっくりと引き金を引いた。

バーン。

ゆらり、と傀王の体が船の中で前に倒れるのが見えた。
――やったか・・・・・・。
安堵した庄三はその時、ふらりと前に倒れた。
下敷きになったときの傷で、ついに彼は気を失ったのである。

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