(三)


朧は蒼紫に向かって言った。
「恐ろしい男・・・・だが、傀王様の身を汚すわけにはいかない。それで私がこうして出向いてきたというわけさ。さっきはとんだご挨拶だったね。」
朧は槍を回転させ、蒼紫に狙いを定めた。
「なぜ貴様は傀王様の邪魔をする?そこのマグダリヤやロレンゾの仲間というのでもないのに。私はそれが聞きたくてね。」
「何故?それは・・・・。」
蒼紫は低い声で答えた。
「・・・・・・のためだ。」
「何?聞こえないねぇ。」
朧は言うなり、槍から―――槍の先が、銛のようになっていて、発射するのだ―――鋭い刃先の切っ先を蒼紫めがけて発射した。
蒼紫はよけた。流水の動きである。
朧はけたたましい声で、蒼紫を笑った。
「ホーホホホホホッ、傀王様が何のためにこの地に赴いたか、わかるかい?征韓論はご存知?」
「・・・・西南の役で西郷隆盛が唱えた、論考か。」
「あれをもう一度、傀王様はおやりになるつもりなの。あの方はまさしく、天才よ。」
朧は言うが早いか、続けて切っ先を回収し、槍を繰り出してきた。
「大三庫鉾・神楽の舞!受けてみよ!」
恐るべき高速で回転した槍は、朧の手から離れ、ブーメランのように蒼紫に向かってきた。
蒼紫は抜刀し、槍を受けた。
「・・・・・見込んだとおり、やる男だね。だけど、おまえは目障りさ。死んでもらうよ。」
戻ってきた槍は、手品のように朧の手に吸い付いた。
まさしく、武具と朧は一体になって動いていた。
と、朧の手下たちが、庄三と小夜に向かって動いた。
「くそっ、てめえらっ。」
庄三が動きにくい体で、刃をふりかざした手下たちに向かっていく。
小夜はおびえたように、庄三の影に入った。
「庄三・・・・おまえだけでも、村人たちのところへ行って・・・・傀王はきっと、村人を見捨てます。」
「マグダリヤ様、そんなことは俺にはできません。あなたを今ここで見捨てるなんて・・・・・!」
「お願い、庄三。この人たちは、きっと私を助けてくれます。あなたなら、ここを抜けて早く知らせに行けるわ・・・・・!」
辰政が抜刀しながら、言った。
「けッ、たよりにされてるぜ、御頭さんよぉ。」
蒼紫は朧の槍と激しく刀を交えていた。
朧は蒼紫の小太刀に気づいて言った。
「小太刀・二刀流。おまえ、闇の者だね。」
「そういう貴様もな。」
「ふっ、政府の犬というだけでもなさそうだね。」
その時、小夜と庄三の前に巨大な男がぬっ、と立ちはだかった。
「―――ガスパル源右衛門。おまえが何故・・・・・!」
庄三は叫んだ。
「仲間じゃないかっ。」
源右衛門は少し頭が弱いのだが、やさしい性格で、村人たちの護衛についていた。
マグダリヤたちとも親しく、信仰心も篤い若者であった。
だが―――。
「すまねえ、マグダリヤお嬢様。わしはこいつらの下で働けと、翔伍様のご命令ですだ。」
ガスパルは巨大な斧を構えている。
「ここは通すわけにはいかねえだ。」
ぶんっ。
庄三の耳の横を、巨大な斧がかすめて通った。
小夜は悲痛に叫んだ。
「何故おまえまでが、村人たちのところにいないのです。お兄様は一体・・・・!」
蒼紫が言った。
「行け、庄三。ここは俺たちにまかせて。村人たちのところへ。」
小夜も言った。
「行きなさい、庄三。源右衛門、庄三を通して、お願い。」
小夜の言葉に、源右衛門の表情が、困ったようなものになった。
「わしは・・・わしは・・・・困っただ・・・・。マグダリヤ様のご命令には従いたいだ・・・・。だが、翔伍様が・・・・・。」
朧の罵声が飛んだ。
「うすのろっ、ぼんやりするんじゃないよっ。」
声と同時に、朧の腰から短剣の一本が飛んだ――その腰に差している短剣、竜首(りゅうず)である。これは、槍の矛と対の動きをするものである。
だが、その一瞬前に庄三は隙を見せた源右衛門の前から逃げおおせた。
庄三はよろめきながら、広場の向こうへと必死に走った。
その先にまた、穴がある。どうやらそこから、海岸線までは近いらしい。
「逃げたぞ。」
手下たちが、あわてて追おうとした。が、朧は叱責した。
「追うんじゃないよっ。どうせその先には傀王様がいらっしゃるんだ・・・・・ここはこいつらを殺す方が先だからねっ。」
朧は蒼紫と向き合って、構えたままじりじりと回った。
どちらも相手の出方を見ているのだ。
朧の脳裏に、目の前の蒼紫とだぶって、翔伍の姿がよみがえった。
―――美しい男。だが、こういう男は私を裏切る。
傀王には秘密にしていたが、朧は実はこっそり翔伍に会っていたのである。
だが、翔伍は朧を袖にした。
「私にはあなたは、少しどぎつすぎるようだ。お互い、合わない者同士・・・・馴れ合うのはよしたほうがいい。」
そう翔伍が朧を拒んだとき、朧は顔色を変えた。崩れるように座ったベッドの上で、やっとの思いで彼女は口にした。
「そう・・・・そうね。」
比べられているのだ、と思った。翔伍は私を自分の妹と―――その瞬間、朧の心で、翔伍への慕わしい思いは翔伍兄妹への激しい憎悪に変わった。
―――殺してやる。
朧は槍を構えたまま、短剣の竜首を蒼紫目掛けて突き出した。
剣先が蒼紫をかすめた。
蒼紫は表情も動かさずに、言った。
「貴様もニ刀流を使うか。」
その一言が、朧の心に火をつけた。
朧は火のような調子で大声で叫んだ。
「しかし、こういう使い方はできまいっ。」
なんという動きであろう、朧は自身が高速で独楽のように回転をはじめた。
「―――香具の舞!」
それは、蒼紫の技・回転剣舞六連よりも速く、かつ、大技であった。
回転しながら、朧は槍の下から短剣をひらめかせた。
ちょうど巨大なのこぎりが回転しているような具合だ。
「ホーッホホホ、手も足も出まい!」
蒼紫は剣の小太刀の方を投げた。
朧は叫んだ。
「―――なにっ。」
「悪いが、足を狙うのはこの場合いたし方がなかろう。」
朧は片足をついた。
回転の軸足に剣が突き刺さっていた。
朧は悔しさに歯噛みしながら、剣を抜いて地に放り投げた。
「おのれ・・・・っ。どこまでも私を馬鹿にして・・・・・っ。」
「貴様を馬鹿にした覚えはない。」
「私にはあるっ。おまえや翔伍のような男には・・・・・。」
朧は立ち上がり、狂気のように笑うと、小夜に向かって走った。
手下と斬りあっていた辰政が叫んだ。
「あっ、まずいぜ。」
だが、朧は小夜を人質に取っただけであった。
朧はだが、恐るべきことを蒼紫にたずねた。
小夜を剣で羽交い絞めにしながら、朧は言った。
「この女と私と、どちらが綺麗かい・・・・・答えなくば・・・・今すぐこの女の首を・・・・・・。」
蒼紫は目を細めた。
「何故俺にそんなことを尋ねる。」
「答えろっ。」
朧は凄まじい形相にもかかわらず、その髪は金色に輝いていたし、傀王に愛され続けたその肉体は、暗がりでも光り輝いていた。
戦闘服でも、朧の生来持った肉体の芳香の香りは抑えきれない。
それに比べると、病弱な小夜は弱弱しい光に過ぎない。
だが―――。
蒼紫は静かにニ刀を構えた。
「貴様の体の美しさには、敬意を表しよう。」
「そうかい・・・・。」
朧の頬がゆるんだ。
蒼紫は静かに続けた。
「それほどの動き、習得には闇の者とて、ずい分かかっただろう・・・・それを壊すのは忍びない。その風前の美、讃えぬわけにはいくまい。」
「なんだと―――」
朧が言葉の裏の意味を悟った時、蒼紫の体はすでに宙返り宙空に浮いていた。
その体が宙をよぎり、月をかすめた時、朧は中空の影に向かって必死で突いた。
「―――クッ。」
槍は蒼紫の体に届かなかった。人質にとった、小夜の体があだになった。

ザクッ。

にぶい音がして、朧の胸に小太刀がめりめりとめり込んだ。
朧は呻いた。
「・・・・・こんなはずでは・・・・・・アアアア。」
小夜は目の前で惨劇が起こったのに、顔をおおって金切り声をあげた。
「イヤァアアアアア。」
蒼紫は朧の胸を串刺しにしていた・・・・だが、それは右胸であった。
狂気の美姫はいまだ生きていた。
朧はざんばらになった髪の下からつぶやいた。
「おまえも・・・おまえも私を裏切るのだね・・・・私を心の底から愛してくれるのは、傀王様だけ・・・・・・やはりおまえのような男は生かしておくわけにはいかないわ・・・・・・。」
朧は血の気の引いた顔で、地に伸びていた紐のひとつを引いた。
朧がつぶやいた時、蒼紫ははっとし、小夜の体を横抱えにして飛んだ。

バゥッ。

「うわぁぁあああっ。」
手下たちが爆破でふっ飛んだ。
その広場の空間は、朧の仕掛けた爆薬で、はじけ飛んだのであった。

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