[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

(二)


蒼紫は暗がりに倒れていた。
傀王の放った罠により、地底に埋められたのだ。
彼が間一髪で地底中央部から逃れられたのは、奇跡と言っていいかも知れない。
身についた忍びの術がとっさに働いたのである。
――しかし、若い頃ならば身軽に身を転じて、傀王にとどめの一撃を何も考えずに与えていたであろう。庄三からピストルを奪い。そう――――十二歳ぐらいの俺なら。
何を考えていた。
蒼紫は起き上がった。
最後に奴の首を斬ることだけを考えていた。
それは俺自身のためにではなく、あの盲いた操に捧げるために…。
蒼紫は瓦礫をどけて進んだ。
酸欠になる前にここを出なければならない。
と、そばで呻き声が聞こえた。
「マ・・・・・マグダリヤ様・・・・・・。」
庄三が岩の間にはさまっていた。
横に小夜が倒れていたが、これは無傷な様子だ。
庄三がかばったのだろう、しかしその顔色は真っ青だった。
「こいつはもうダメかもな。」
辰政も忍びの術をもって逃れたらしかった。
蒼紫は言った。
「手伝ってくれ。上の岩をどかす。」
「そんな奴ほっとけって。」
「ここは迷路のようになっている。出口はこの者に尋ねるしかない。」
蒼紫はそう言うと、瓦礫の中から柱を引きずりだした。
「私・・・・手伝います・・・。」
蒼紫が岩の下に柱を入れて、テコの原理で持ち上げようとするのを、横から小夜が手伝った。
「あんた・・・・人がいいのか、悪いのかわかんねぇな。」
庄三が持ち上げられた岩の下から、這いずり出した。
「さっきはなんで、俺に銃を使うなってどなったんだ?」
庄三は片足を引きずっている。あやうくよろけるのを、蒼紫が肩を貸して支えた。
「…洞窟の中は暗い。おまえの銃の腕では、戦っている味方を撃つ可能性があった。」
庄三はため息をついた。
「ずいぶん見限られたもんだな。こっちだ。」
庄三は蒼紫に行く先を、示した。
真っ暗な隋道が前に続いている。
「ここを降りるのか。上へ出るのか、この穴は。」
「…たしか、海岸に続いているはずだ。館へ通じる入り口は、ふさがれてしまった。」
「行こう。」
一同は、歩き出した。
小夜は、自分たちの立場を歩きながら話し出した。
「お兄様は、悪くないのです。私たちのことを少しお話しましょう。」

今から十三年前―――ここ、島原でも幕末の攘夷の風が吹き荒れた。
隠れキリシタンとして長年にわたり信仰を続けてきた、小夜たちの一族も、一朝夜のうちに追われる身となったのであった。
「私たちの敬うキリスト像は、仏像の裏に大切に隠してありました。」
小夜は寂しそうに笑った。
「父は――私たちの信仰を強いて広めようとは思っていませんでした。ただ、この島原の美しい里で、いつまでもささやかな幸福の中で信仰を守り暮らしていけたらと―――ですが、母は私と同じ不治の病に犯されて・・・・。」
そんな一家に攘夷の魔の手が襲ってきた。
まずはじめに殺されたのは、父だった。
攘夷を唱える浪人もの数名に、切り殺されたのである。
残った母と小夜、翔伍は海岸づたいに浪人ものから逃げた。
だが――母は激しく咳き込み、倒れてしまった。
「母さま、母さま。」
まだ幼い小夜が泣き出しそうな顔で母を見ている。
翔伍は海を指差し、叫んだ。
「兵衛叔父様の船だ!」
若い兵衛か゜、一艘の小船をあやつり、こちらへ向かってくる。
だが、浪人ものも刀を持って、小夜たちに迫ってきつつあった。
母は気丈に小夜と翔伍に言った。
「お逃げなさい。叔父さまの用意した船に乗るのです、あなたたちだけでも。」
「でも・・・・。」
翔伍が言うのを、母は強くたしなめた。
「あなたは神の子なのです。何よりも、もっと強くなって。」
そして、小夜らを船のほうに行くように叫んだ。
「早く!走って。」
母の気勢にうながされて船の方に小夜と翔伍が走ったときだった、母に浪人ものが切りかかったのは。
「母さま!」
母が倒れたのは、二人が兵衛の船に乗り込んだときであった。
「母さま・・・翔伍は強くなります。母さま・・・・。」
涙ながらに、船の上の翔伍は幼いながらも、そう強く誓ったのである。

「・・・・それから兄は、強くなりました。剣の腕も、心づもりも。兄は大陸で医術も習得し、少しならばここ島原の村人を診てまわったりもしているのです。」
小夜は言った。
「ですから、お兄様は、決して悪い人ではないのです。あなたが兄の何を見たのかは知りませんが・・・・。」
蒼紫は答えた。
「半月前、天草翔伍は京にいた。」
「えっ。」
「俺は奴と戦った。奴は大勢の人間をその剣で切り殺した。嘘ではない。」
小夜は大きく目を見開いた。
「では・・・・お兄様は・・・・私に嘘を言って・・・・・。」
庄三は叫んだ。
「あんた!マグダリヤ様によけいなことを言うな!」
蒼紫は答えた。
「ならば、もうよけいなことは言わん。だが、真実はひとつしかないのでな。」
そのとき、一同はぽっかりとした空間に出た。
「広場みたいだな。」
蒼紫が言った。
たしかに、その空間は、洞窟ではなく、天井はなくて空が見えていて、空には月が出ていた。
庄三の顔が明るくなった。
「やったぞ。もう少しで海岸だ。四乃森さん、俺は一人で歩けるよ、もう。」
その時だった、朧の冷たい声が答えたのは。

「それはよかったわね、庄三。」

朧が暗がりから進み出た。
横にも数名、手下たちが立っていた。
バサリ、と朧が黒い羽のついたマントを取った。
体にぴったりとした、胸もあらわな戦闘服がマントの下から現れた。
「待ち伏せしていたのよ。こっちの道を来ると思ってね・・・・。」
朧はそう言うと、大きな槍のような武器を構えた。
「大三弧矛・戟簾(げきす)。庄三、おまえに試すつもりはない。そこの男。おまえだよ。」
蒼紫は無言で朧の方を見た。
朧は言った。
「おまえに少し話があるのさ。」

トップへ戻る  戻る  次へ