『恋は野の鳥』







その日は朝から粉雪が空から音もなく降ってきた。

――雪は、好き。

は音もなく舞う雪空を見て思う。
雪が白いのは、自分が何色だったか忘れたからだ―――自分の本当の色がもう、何だったかわからない。
そんな風に三蔵のそばにいると、 は思う。
三蔵の色、それは無色だ。
髪の毛はきれいな金髪だし、瞳は深い紫で、水晶のようだと思うけれど――――三蔵には色がない。透明な冬の光みたいに思える。
それは三蔵があまり昔のことを、話さないからかも知れない。

――たくさん旅をしてきたのでしょう。

でも三蔵はそんなこと、少しもひけらかさない。
いつも黙って八戒の運転するジ―プに揺られている。

――何も言わないのね。昔のこと・・・。

シュンシュンと、スト―ブの上のやかんが音をたてている。白い湯気が窓をくもらす。
その窓の向こうには、冬の凍った平原がどこまでも広がっている。
ここは桃源郷のはずれ。桃源郷なんて名ばかり。
広がっているのは、どこまでも灰色の湿地帯。
三蔵はめがねをかけて、窓のそばに置かれたチェアで黙って英字新聞を読んでいる。
はそっと尋ねた。

「それ、面白い?」
「なんだ。」

三蔵が顔をあげた。

「三蔵には聞こえないのね。私の呼び声。」
「今呼んだのはおまえだろ?」
「ううん。今呼ぶの。ほら、呼んだ。飛んだ。あそこ。」

三蔵にくもった窓ガラスの外を指差す。

「私の魂が、あの野の鳥なの。それで三蔵を呼んで今飛び立ったの。」
三蔵はめがねをはずして、机の上に置いた。
「他愛もない話だな。」
「三蔵には悟空の声は聞こえたんでしょ?私の声は聞こえないのが、私はきっと寂しいのね。」
自分に言い聞かせるように、言う。


『三蔵、聞こえる?
 今も呼んでいるのよ。
 心の中でね。
 そっと思う。
 雪が触れるように、三蔵に触れてみたいと思う。』


三蔵の額に はおでこをそっとのせてみた。くしゃっ、ときれいな金色の前髪がくずれる。
三蔵はいつものように、うざそうに言う。
「こら、うっとおしいぞ。」
「一次的接触を嫌がるのね。三蔵は。」
「てめぇ・・・・。」
くすくすと が笑うと、三蔵に引き寄せられた。

「あんま、甘くみるなよ、俺を。」
「やっぱり聞こえないんだ。」
「ばか。聞こえるさ。おまえは俺の、天の鳥だよ。つかまえても、すぐに舞い上がっちまう。」
「どこにも行かないもの。三蔵のそばにいる。」
そっと三蔵に身を寄せてみる。透明な光が体にあたるように思う。ずっと私を包んでいてほしいと願う。

「もう何も言うな。」

三蔵はついばむように、 の唇に静かに深くくちづけた。


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