(三)

その頃巻町操と神谷薫、御堂茜の三人は、地下坑道に出ていた。
見回りに来た見張りの男を、薫に気をとらせている隙に、操が飛び掛り、うまく倒すことができたのである。
なんとか地上に出なければ―――操は人差し指の指先をしめらせて、風の来る方角を読んでいる。
「空気は、こっちから流れてくるわ。」
「操ちゃん、さすがね。」
「薫さん、さすがはいいから。早く地上に出ないと、あいつらが。」
操の脳裏に狂った雪代縁の姿が思い浮かんだ。
姉さんの復讐とか言った―――それの巻き添えになるのなんて、ごめんだわ。
たとえ蒼紫様が関係があったとしても―――蒼紫様ならきっと、あいつを倒してくれるはず。
操は懸命にそう思った。
巴のことは、信じられないことである。
あの蒼紫様が、私の小さい頃に―――御庭番衆にいた頃に、巴という女と関係があったなんて。
そんなの嫌、でもだから私のことを見ないのかも知れない。
蒼紫様、そんなの嫌・・・・・・。
私を・・・・私を見て・・・・・!
本当は張り裂けそうな胸を抱えているのだが、操はそれを薫たちにはみじんも悟らせなかった。
操の前にそのとき、ぽっかりとした空隙がうまれた。
操ははっ、として駆け寄りあたりを見渡した。
―――井戸の底だわ!
枯れ井戸のくみ出し口の底に、自分たちはいるのだった。
煉瓦積みの壁の上の空に、ぽっかりと丸い月が出ているのが見えた。
操は空をにらんで言った。
「薫さん・・・ここをよじのぼるのよ。」
薫は首を振った。
「そんなの無理よ、操ちゃん。」
「やらないと、あいつらにまた捕まって、ひどい目に会うのよ!」
操はそう鋭く叫ぶと、腰紐につけた小さな袋から、鉤先のついた紐を取り出した。
注意深く鉤先を振り回すと、操はそれを上の壁のでっぱりの部分にひっかけた。
紐を引いて、はずれないのを確かめると、操は言った。
「さあ、薫さん。茜さんも。」
操はそう言うと、先に二人をのぼらせた。
二人とも着物姿で、短袴姿の操に比べると、動作は鈍く、のぼりにくそうだ。
「ああっ!」
茜がつい足をすべらせて、小さく悲鳴をあげた。
操はこんなことは慣れていたが、二人はそうではなかった。
それでも薫はやはり道場で鍛えているせいか、すぐにコツをつかんだようだ。
「そう・・・しっかり・・・・少しずつ上に上がるのよ・・・・・。」
操はしんがりで、二人の様子をサポートしている。
と、そのとき上の出口に人影が動くのが見えた。
――敵?!もうダメか?!
操が一瞬躊躇したとき、影がこちらに向かって叫ぶのがわかった。
「薫嬢ちゃんじゃねぇか!こいつはラッキーだぜ。斎藤よぉ。」
「―――左之助!」
操は思わず叫んだ。
左之助が来てくれたようだ、斎藤もいるらしい・・・・助かった。
操の胸に安堵感が広がったときだった。

チュィーン。

操の前に、銃撃の弾痕が走った。
「そこまでだよ、お嬢さん方。」
呉黒星が、数名の部下を連れて、操たちを穴の底から銃で狙っていた。
黒星は狙いを定めながら、動きを凍らせた三人に冷ややかに言い放った。
「そのまま降りてきたら、命は助けてやる。さっさと降りて来い。手間を取らせやがって。」
「操ちゃん・・・・・・・。」
青ざめた薫にかまわず、操は必死で紐をたぐった。
「貴様、降りて来ない気だな?!」
黒星はそう叫ぶと、銃で紐を早撃ちで撃ち抜いた。
紐がぶつ、と途中でちぎれた。
「ああっ!!!!」
三人は宙に投げ出され下に落ちた。
下は砂地で、怪我がないのが幸いであった。
左之助が上で叫んでいた。
「てめぇらっ!!!斎藤、この入り口がわかってたんなら、早くこっちから行けばよかったんだよ!!!!」
斎藤は左之助に鷹揚に答えた。
「俺は始末が終わるまでは、手出ししたくなかったんでね。」
「何の始末だ。」
「幕末から連綿と続く、因縁の始末さ。抜刀斎はそれを片付けてからでないと、俺とは戦えない。」
「けっ、そうかよ。」
「まあ俺も行くとするか。」
と、斎藤は言うなり、井戸にひらりと身を躍らせた。
左之助があっ、と思う間の出来事だった。
斎藤は井戸の底から言った。
「何をしている、早く来い。一世一代の捕り物が見られるんだ。幕末という、大捕り物がな。そこの坊主も、まだ傷が痛むんなら遠慮したほうがいいが。」
安慈のことを指しているらしかった。
左之助と安慈は顔を見合わせたが、斎藤に従うことにした。
他に道はないのだ。
すでに操たちは、呉黒星たちが担ぎ上げて、いずこかへ運び去った後だった。
「いい線まで行ったのにな。ご苦労、ご苦労。」
斎藤はそう操たちのことを言うと、ついて来い、と背後の左之助らに合図を送った。


戻る